山梨県のまんなか、富士川町。かつて「増穂」と呼ばれたこの地で育まれた米を使い、お米の旨味を引き出すことにひたすら情熱を傾けてきた蔵があります。230年にわたって、当たり前に旨い酒を醸し続けてきた蔵。そこから生まれた傑作が、春鶯囀(しゅんのうてん)です。
私がこの酒を人にすすめるとき、いちばん最初に言うのは「主張しすぎないお酒です」という一言です。香りで驚かせる酒、甘みで押してくる酒は世の中にいくらでもあります。春鶯囀はその逆で、料理の隣に静かに座り、飲み手が箸を置くまでずっと付き合ってくれる。呑み飽きない、というのはそういうことです。食を彩る酒、という言い方がいちばん近いと思います。
春鶯囀を醸す蔵 ― 株式会社萬屋醸造店
造り手は萬屋醸造店(Yorozuya)。蔵元の公式サイトによれば、正式な社名は株式会社萬屋醸造店、所在地は山梨県南巨摩郡富士川町青柳町1202-1です(出典:https://www.shunnoten.co.jp/ 2026年8月18日確認)。
230年という数字は、口で言うほど簡単なものではありません。流行の酒質は10年単位で入れ替わりますし、その波に乗ったほうが売れる時期も必ずあります。それでもこの蔵は「お米の旨味を引き出す」という一本の軸を降ろさずに来ました。春鶯囀を飲んだときに感じる安心感の正体は、たぶんそこにあります。
名の由来 ― 春に鶯が囀る
「春に鶯が囀(さえず)る」。情緒あふれるテーマを、そのまま一杯に閉じ込めた銘柄名です。文字面を見ただけで、雪の解けた山あいに日が差して、どこかで鳥が鳴いている――そんな景色が浮かんできます。
この名は、歌人・与謝野晶子の詩に由来すると伝えられています。酒の名前が景色と結びついている銘柄はいくつもありますが、春鶯囀ほど「音」まで想像させる名前は多くありません。ラベルを眺めながら注ぐ、という時間そのものが、この酒の楽しみの一部になっています。
原料米 ― 三つの酒米の名前が出てきます
春鶯囀の原料米については、当サイトの過去記事で書かれている内容に食い違いがあります。読者の方が混乱しないよう、まず両方を並べます。
| 記載元 | 主な原料米として挙げられている米 |
|---|---|
| 旧記事A | 山梨県富士川町産 玉栄(たまさかえ/Tama sakae) |
| 旧記事B | 山田錦・美山錦(いずれも酒造好適米)。あわせて地元産米の使用にも力を入れている |
蔵元公式の商品ページ(https://www.shunnoten.co.jp/items/ 2026年8月18日確認)では、「春鶯囀 大吟醸 かもさるゝ蔵」に山田錦(精米歩合40%)、「春鶯囀 純米吟醸 冨嶽」に美山錦(精米歩合60%)の記載がありました。同ページに玉栄の記載は見当たりませんでした。商品ごとに米を使い分けている、と読むのが自然です。
当サイトでは、春鶯囀の主な原料米を「山梨県富士川町産 玉栄(たまさかえ)」とします。地元の米で地元の酒を醸すという蔵の姿勢が、いちばんよく表れている一本だからです。山田錦と美山錦は、大吟醸や純米吟醸といった特定の商品で使い分けられているもの、という位置づけで読んでください。
なお玉栄は、酒米のなかでもアミノ酸が豊富とされる米です。アミノ酸は日本酒の「旨味」と「コク」をつくる成分ですから、玉栄を使った春鶯囀に濃厚さとキレが同居しているのは、原料の性格がそのまま出ている結果だと言えます。一方の山田錦は華やかさと品のよさ、美山錦はすっきりした輪郭が持ち味です。同じ銘柄でも、手に取る一本で表情が変わる――そう思って選ぶと、春鶯囀はぐっと面白くなります。
味わい ― 「濃いのにキレる」をどう飲むか
春鶯囀の味の芯は、米の旨味です。ただし、旨味が濃い酒にありがちな「重さ」で終わらないのがこの酒の器用なところで、後口はすっと引いていきます。だから料理を邪魔しない。だから何杯でもいける。
温度帯で表情を選ぶ
- 冷や(常温)……米の旨味がいちばん素直に出る温度です。春鶯囀の性格を知りたいなら、まずここから。
- ぬる燗……旨味がふくらみ、輪郭がやわらかくなります。呑み飽きない酒の本領は、この温度で出ます。
- よく冷やして……純米吟醸系なら、香りが締まって口当たりがさらに滑らかになります。食前の一杯に。
ラインナップ ― どこから入るか
製品の一覧は蔵元の商品ページにまとまっています。純米大吟醸酒、純米吟醸、特別純米酒、純米酒、本醸造と、日本酒の階段がひととおりそろっている蔵です。
- 純米吟醸……華やかな香りと滑らかな口当たり。贈り物にも、最初の一本にも。
- 純米酒……辛すぎず甘すぎず、さらりと飲める一本。毎日の食卓向き。
- 純米大吟醸酒……蔵の技術がいちばん見える一本。ここぞという日に。
四人の飲み手の声
| 飲んだ人 | 銘柄 | 評価 | コメント |
|---|---|---|---|
| 長屋大輔(日本酒を愛するナビゲーター/デリシャスノーツ代表) | 純米吟醸 | 5/5 | 230年以上の歴史を持つ春鶯囀。山梨の清らかな水とお米から生み出される、丁寧に火入れされた「純米吟醸」は華やかな香りと滑らかな口当たりが素晴らしいです。 |
| 福本匡孝(日本酒は毎月1升⁉️/デリシャスノーツ) | 純米酒 | 4/5 | 『美味しんぼ』80巻の山梨編にも登場する「純米酒」に感動。香りは甘いニュアンスですが、味わいは辛すぎず甘すぎず、さらりと飲みやすさ抜群です。 |
| 秋田朱里(日本酒ナビゲーター/デリシャスノーツ) | 玉栄 | 5/5 | 与謝野晶子の詩から名付けられた春鶯囀。山梨県産の「玉栄」は酒米のなかでもアミノ酸が豊富で、濃厚な味わいとキレが両立し、料理を引き立てるバランスのよい一杯です。 |
| 山本大(春鶯囀の伝道師/株式会社SBS) | 純米大吟醸酒 | 5/5 | 決して流行りのタイプのお酒ではありませんが、料理とともに飲み飽きしないお酒を当たり前に造り続けており、都内の百貨店様でもお取り扱いが増えています。皆様の幸せにそっと寄り添う、そんなお酒だと思います。 |
四人とも、口をそろえて「飲み飽きしない」と言っているのが面白いところです。派手さでは語られないけれど、飲み終えたあとに「またあれを買おう」と思わせる。そういう酒は、実はそう多くありません。
耳で味わう ― 春鶯囀とサウンド徳利
春鶯囀には、名前にちなんだ楽しみ方があります。サウンド徳利です。おちょこに注ぐと、美しいさえずりが聞こえてくる――「春に鶯が囀る」という銘柄名を、そのまま音にしてしまった道具です。
実際に音を聞いていただくのがいちばん早いので、動画をどうぞ。春鶯囀にぴったりのサウンド徳利をご紹介!(YouTube)
サウンド徳利とデザインおちょこは、こちらでお求めいただけます。サウンド徳利&デザインおちょこの購入はこちらから
春鶯囀を手に入れる
お酒そのもののお求めは、こちらからどうぞ。春鶯囀の購入はこちらから
蔵元の情報・商品の詳細は公式サイトをご覧ください。萬屋醸造店(Yorozuya)公式サイト/商品一覧ページ
流行に乗る酒ではありません。けれど、料理と一緒に何杯でも進んで、飲み終わったあとに何も引っかかりが残らない。春鶯囀は、そういう酒です。あなたの食卓にそっと寄り添う一本として、ぜひ一度試してみてください。
20歳未満の飲酒は法律で禁止されています。飲酒運転は絶対にやめましょう。
この酒に合わせる料理
味の設計から考える
この春鶯囀は、原料米に玉栄を使い、味わいの手がかりは「キレ」「旨味」「華やか」の三つ。私はこの並びを、旨味で受けて、キレで送り出す食中酒と読みます。華やかさは前面ではなく、注いだ直後に一度だけ立ち上がって引いていく種類のものだと考えると、三つの言葉が一本の線につながります。
玉栄は、輪郭のはっきりした味が出やすい米です。純米・純米吟醸という造りと合わせて考えると、酸と旨味が中盤で組み合い、後半は長く残らずに切れる。この形は、味の濃い料理を何皿も出す食卓に強い。一皿ごとに口の中をいったん白紙に戻してくれるからです。
逆に、この酒がうまく働かない場面もあります。クリームやバターを使った料理です。乳の脂は口の中に膜を作るので、キレのある酒は膜の上を滑って通り過ぎ、旨味が伝わらないまま終わります。生クリームのソースや、チーズを多用した料理は、別の酒に譲ったほうがお互いのためです。生ハムのような塩気の強い熟成食材も、酒の旨味と競合して塩だけが立ちます。
この酒に合わせたい料理
山梨は海のない土地です。だからこの酒は、肉と、粉と、川のものに向けて組み立てるのが筋だと考えています。
- 豚肉と根菜のけんちん汁(家庭)……味噌でも醤油でも成立する汁物で、根菜の甘みを酒の旨味が受け、豚の脂をキレが流すという役割分担がはっきり見えます。
- きんぴらごぼう(家庭)……ごぼうの土の香りと唐辛子の軽い辛みは、輪郭のはっきりした酒だからこそ受け止められ、箸休めが酒の肴に変わります。
- 鶏の照り焼き(家庭)……甘辛いタレは酒を選びますが、キレのあるこの酒なら甘さを引きずらず、皮目の香ばしさだけを次の一口に残します。
- 吉田のうどん(山梨の郷土料理・店)……強いコシと味噌醤油仕立ての汁を持つ一皿で、噛む時間が長いぶん、口の中に残る小麦の甘みを酒の旨味が引き受けます。
- 甲州地どりの炭火焼き(山梨の食材・店)……炭の香りと肉の噛みごたえに対して、注いだ直後に立つ華やかさが香りの層をもう一枚足してくれます。
- 鮎の塩焼き(山梨の川の恵み・店)……はらわたの苦みは酒の甘みと相性がよく、キレのおかげで苦みが後を引きません。
- 厚揚げの生姜醤油(店)……安価な一品ほど酒の質が出るもので、大豆の香ばしさとこの酒の旨味は、価格からは想像できない満足感になります。
派手さで選ぶ酒ではなく、食卓を最後まで走らせる酒です。
この七品に共通しているのは、味が濃くても砂糖に頼っていないことです。もし卓に甘い料理が並ぶなら、順番を工夫してください。甘辛い一皿を最初に済ませ、そのあとに塩や味噌の料理を持ってくると、この酒のキレが最後まで働きます。二品だけ選ぶなら、けんちん汁と鶏の炭火焼き。汁物で口を温め、焼き物で香りを立てる流れが、いちばん分かりやすい形です。
飲食店の方へ
温度は冷や(12〜15℃)と上燗(45〜50℃)の二段構えで考えたい酒です。冷やすと華やかさとキレが前に出て前半の料理に、燗にすると玉栄の旨味が広がって煮物や汁物に寄り添います。冷やしすぎ(5℃前後)だけは避けてください。三つある持ち味のうち、旨味が消えて二つになります。
器は小ぶりの磁器か、切子のような口の締まったぐい呑み。一度に入る量が少ないほど、注ぐたびに立つ香りを何度も味わえます。
コースなら、前菜のあと焼き物から煮物へ移る場面で切り替えの一本として。定食や丼を出す昼夜兼業の店なら、夜の一合売りに置くと、料理を変えずに客単価を動かせます。
20歳未満の飲酒は法律で禁止されています。飲酒運転は絶対にやめましょう。
