赤星と黒ラベルは何が違うのか|サッポロの熱処理と生ビールを、日本酒の「火入れ」と「生酒」で読む

サケナビでは以前、アサヒスーパードライを取り上げて「辛口」という言葉の話をしました。今回はサッポロビールです。ただし一本ではなく、二本を並べます。サッポロラガービール、通称「赤星」。そして、サッポロ生ビール黒ラベル。

理由はひとつです。この二本の違いが、日本酒でいう「火入れ」と「生酒」の関係にそのまま重なるからです。赤星は、いまも熱処理をしているビール。黒ラベルは、熱を加えない生ビール。日本酒をやっている方なら、この一行だけで身を乗り出していただけるはずです。

しかも面白いのは、その二本を同じ一社が、どちらも看板として持ち続けていることです。蔵で言えば、火入れの定番酒と生酒の看板を、両方とも主力に据えているようなもの。熱を入れるか、入れないか。それだけで酒はここまで変わるという話を書きます。

目次

二本の出発点は、ちょうど100年離れています

先に生まれたのは赤星のほうです。サッポロビールは1876年(明治9年)、北海道の開拓使麦酒醸造所から始まりました。同年6月に建設着手、9月8日に醸造所が完成し、9月23日に開業式。この日を数えると、2026年9月23日でちょうど150年になります。

1877年9月、北海道初のビールが冷製「札幌ビール」として東京で発売されました。価格は大瓶1本16銭で、当時としては相当な贅沢品でした。ラベルには開拓使のシンボルである北極星が描かれていました。サッポロビールは、この冷製「札幌ビール」の系譜にあるサッポロラガービールを、現存する日本で最も歴史のあるビールブランドとして位置づけています。

商品名の「冷製」は、冷やして飲めという意味ではありません。低温でじっくり発酵・熟成させたラガーであるという製法の宣言で、熱処理の話とは別物です。

もう一本の黒ラベルが世に出るのは、1977年です。『サッポロびん生』という名前でした。ちょうど100年、間が空いています。

会社は何に困り、何を捨てたのか

1970年代まで、びんや缶のビールは熱処理ビールが主役でした。そうしないと品質が保てなかったからです。それでもサッポロビールは「ビール本来の美味しさは生にある」という考えから、1957年以降、びん詰めの生ビール開発を続けます。

1957年7月、『サッポロ壜生ビール』を東京・横浜・名古屋・福岡など都市部で限定発売。翌年に北海道で売り出すと大好評となり、旅行先で飲んだ人たちから「あの生ビールが飲みたい、どうすれば手に入るか」という問い合わせが札幌支店や工場に相次ぎます。その20年ぶんの「飲みたい」が、1977年の『サッポロびん生』になります。

黒いラベルが印象的だったことから、飲み手がこれを「黒ラベル」と呼び始めます。会社がつけた名前ではありません。その後1989年2月に中味もラベルも一新した『サッポロドラフト』へ切り替えたところ、「びん生を戻してほしい」という声が殺到し、わずか半年後の同年9月に復活。しかもそのとき採用した名前は、会社の名づけた「びん生」ではなく、お客さまの愛称のほうでした。『サッポロ〈生〉黒ラベル』の誕生です。

この会社は、名前をめぐる話がとにかく多い。東京の「恵比寿」という地名も、ビールの名前から生まれています。1890年2月25日発売の『恵比寿ビール』が売れに売れ、輸送のために1901年2月、工場の隣に貨物駅「恵比寿停車場」が開設された。それが1906年に旅客駅「恵比寿駅」となり、1928年には地名までが「恵比寿通」に変わります。しかも当初の商標候補は「大黒様」で、すでに登録済みだったため「恵比寿様」になった。商標の先着順ひとつで、街の名前が決まったわけです。

捨てたものの話もしておきます。1943年、戦時下の物資輸送の合理化などを理由に、各社のビール商標が停止されました。サッポロもヱビスもアサヒもキリンも、ラベルはただ「麦酒」。戦争がブランドを消したのです。1949年9月には大日本麦酒が「日本麦酒」と「朝日麦酒」の2社に分割され、いまのサッポロにつながる会社は関西に工場を持たないまま船出します。150年のうちに、名前を失っていた時期が実在する。この会社が名前にこだわる理由は、たぶんそこにあります。

熱処理と生を、技術で説明する

ここが記事の心臓です。熱を入れるとは何をしていることなのか、入れないなら何で代えているのかを、順に片づけます。

熱処理とは、酵母の仕事を熱で止めることです

ビールは、酵母が糖を分解してアルコールと炭酸ガスをつくる酒です。発酵と熟成が終われば、酵母の仕事は終わり。残ったままだと、びんの中で発酵が進んだり、味が変わったりします。だから熱を加えて働きを止める。これが熱処理です。

ここまでは日本酒の火入れとほぼ同じ理屈ですが、熱処理には副産物があります。サッポロビールは赤星について、熱を加えることで、生ビールでは感じられない、ほどよい苦味の効いたしっかりとした厚みのある味わいが生まれると説明しています。

つまり赤星は、昔のまま取り残されたビールではありません。熱処理でしか出せない味を残すために、あえて熱処理を続けている商品です。火入れの酒を「生じゃないから格下」と説明する方はいないはずで、それとまったく同じことです。

「熱を加えずに酵母だけを取り除く」という解答

では黒ラベルはどうしたか。答えはろ過です。

生ビールをびんに詰める鍵は、役割の終わった酵母を完全に取り除くろ過技術でした。サッポロビールの技術陣は、独自に開発したセラミックフィルターによるセラミックろ過システムで、生ビールの美味しさをそのままびんに詰めることに成功します。それが1977年の『サッポロびん生』です。

これは技術の話に見えて、商品の定義を書き換えた出来事でした。「店で飲む樽生」と「家で飲むびんビール」が別物だった時代が、ここで終わります。日本酒でも、生酒が全国どこでも買えるようになったのは冷蔵の物流が整ってからでした。

「生」は、樽か缶かの話ではありません

ここが、飲食店にとっていちばん実利のある知識です。「ビールの表示に関する公正競争規約」第4条は、こう定めています。

熱による処理(パストリゼーション)をしないビールでなければ、生ビール又はドラフトビールと表示してはならない。

つまり「生」=「熱処理をしていない」という一点の意味です。樽か、びんか、缶かは関係ありません。缶に入っていても熱処理していなければ生ビール、樽に入っていても熱処理していれば生ビールではない。同条第3項は、容器や包装に表示する場合に「熱処理していない」旨の併記も求めています(施行規則第3条により、樽など運搬用容器入りは省略可)。缶の「生ビール(熱処理していない)」は、この規約に基づく表示です。

日本酒の「火入れ」と、ビールの「熱処理」は何が違うのか

同じ「熱を入れる」でも、日本酒とビールでは狙っている相手が違います

止めている相手が、少し違います

日本酒の火入れは、ふつう60度台の低温での加熱を指します。狙いは二つで、働き続ける酵素を止めることと、火落菌などの微生物を抑えて品質の劣化を防ぐこと。貯蔵前と出荷前の二度行うのが基本形で、貯蔵前だけなら生詰め(ひやおろし)、出荷前だけなら生貯蔵、どちらもしないものが生酒です。

対してビールの熱処理は、役目を終えた酵母の働きを止めることが中心にあります。日本酒はもろみを搾った時点で酵母の大半が液から離れますから、そこは事情が違います。同じ「熱を入れる」でも、相手にしているものが少しずれている。

熱を入れない代わりに、何をするか

もうひとつの違いが、熱を使わない場合の代替手段です。ビールはろ過で酵母を物理的に除く道を選びました。黒ラベルのセラミックろ過がそれです。日本酒の生酒は、酵素も微生物も生かしたまま瓶に入れて、低温管理そのもので抑え込むのが基本になります。だから生酒は冷蔵庫から出た瞬間に時計が動き出す。管理の負担は生酒のほうが明らかに重いと、私は見ています。

整理すると、こうなります

  日本酒 ビール
熱を入れる工程の呼び名 火入れ(60度台の低温加熱) 熱処理(パストリゼーション)
主に止めている相手 残った酵素と、火落菌などの微生物 役目を終えた酵母の働き
熱を入れたもの 火入れ酒(貯蔵前・出荷前の二度が基本) 熱処理ビール=サッポロラガービール(赤星)
熱を入れないもの 生酒(生詰め・生貯蔵は片方だけ) 生ビール=サッポロ生ビール黒ラベル
熱を使わないときの手段 徹底した低温管理 ろ過で酵母を除く(セラミックろ過など)
言葉の決まり 「生酒」は製成後に一切加熱処理をしないもの(清酒の製法品質表示基準) 「生ビール」「ドラフトビール」は熱処理をしていないものだけ(公正競争規約第4条)

考え方は、よく似ています。どちらも「熱で安定させる」か「熱を使わず管理で守る」かの二択で、どちらが上ということはない。日本酒で火入れの定番と生酒を両方置くのと、ビールで赤星と黒ラベルを両方置くのは、同じ品揃えの発想です。

その後どうなったか — 数字で置きます

まず黒ラベル。2026年公表の「中期経営計画2027-2030」によれば、黒ラベル〈缶〉の売上数量は2015年を100とすると2025年で203%。同じ期間のビールカテゴリ〈缶〉の総需要は111%(同社推計)。市場が1.1倍の10年で、この銘柄だけが2.0倍。追い風ではなく、はっきりシェアを取ったということです。

同社のビール売上数量は2022年の2,677万函から2025年の3,220万函へ約20%増。ビール類に占めるビールの割合(数量ベース)も、同社が2022年67%→2025年81%、市場全体が49%→58%と動いています。

赤星も面白いことになっています。業務用市場を中心に大びん・中びんで売られてきたこの銘柄が、2025年5月20日に缶で数量限定発売され、そのニュースリリースには「前年比2割増の好調ブランド」とありました。さらに2026年5月19日にも、缶が全国で数量限定発売されました。

いちばん古い銘柄が、いま伸びている。日本酒で生酛や山廃が再評価された流れと、よく似た形だと私は見ています。

なお、現行の「サッポロラガービール」という商品名がいつから使われ始めたかは、公式に明示された年を確認できていません。ここは【要確認】としておきます。

飲食店での出し方 — グラス・容器・表記

ここは私の本業です。二本とも、出し方の勘どころが違います。

グラスと注ぎ方は、味の一部です

1899年8月4日、東京・京橋区南金六町(現在の銀座八丁目)に日本初のビヤホールが開業します。工場直送の樽生『恵比寿ビール』を、ガラス製のジョッキで、半リーテル(0.5リットル)10銭で出す店です。大瓶1本16銭のビールを、その値段で飲める場所をつくった。価格・鮮度・器を同時に設計していたわけです。

そして2019年に銀座で開業した「サッポロ生ビール黒ラベル THE BAR」は、注ぎ方の異なる3種類(ザ・パーフェクト黒ラベル/ファースト/ハイブリッド)を、1日2杯までという制限つきで出しています。2014年に始まった「ザ・パーフェクト黒ラベル」の体験イベントは、2026年も4月から8月にかけて全国13か所で開かれ、1杯目の一口目を、提供直後にその場で飲んでもらう進め方をとっています。

同じ液体でも、出し方で別の商品になる。グラスは冷えているか、洗剤やリップの油分が残っていないか、泡の比率は狙いどおりか、注いでから何秒で手元に届くか。ここを詰めるのに追加の仕入原価は1円もかかりません。飲食店にとって、もっとも投資効率の高い改善だと思っています。

びんは「置きやすさ」が武器になります

赤星は業務用中心の流通で、缶は通常ありません(限定品を除く)。制約のようでいて、店には利点です。

  • 家では飲めない:「この店に来ないと飲めない」が、そのまま来店理由になります
  • 注ぎ合いが生まれる:中びん・大びんは、その場にいる人同士で注ぎ合う時間をつくります
  • 回転が読みやすい:樽と違い、開栓しなければ品質が動きません。出数の少ない銘柄でも置けます
  • 2杯目の受け皿になる:生で始めた方が「次は違うものを」と思ったとき、サワーではなくビールに戻ってもらえます

生樽をもう1種類増やせばサーバーの口数と洗浄の手間が増えますが、びんを1本足すのは冷蔵庫のスペースだけの問題です。差別化のコストが、極めて低い。ただし取扱酒販店で扱えるかの確認と、リターナブルびんのP箱の回収動線だけは、先に決めてください。

メニュー表記を間違えない

熱処理ビールである赤星を、「生ビール」と書くことはできません。「サッポロラガービール(中びん)」と正確に書けば済む話です。そしてこれは守りであると同時に、攻めでもあります。「びんビールも生なんですか」と聞かれたときに、「銘柄によります。うちの黒ラベルのびんは生ですが、赤星は熱処理です」と即答できる店は、そう多くありません。日本酒で「これは火入れ、こちらは生です」と当たり前に答えているのと、同じことをビールでやるだけです。

最後に、現場で強いネタを一つ。黒ラベルの星も、ヱビスの金の星も、赤星の赤い星も、根っこは全部、開拓使の北極星ひとつです。1877年のラベルに載った星が、150年後のいまも中びんで赤く光っている。この話は、ほぼ確実に「へえ」と言っていただけます。

そして2026年、いま

いまは、この二本を語るのにこれ以上ない年です。理由が二つあります。

ひとつは150年。開業式の日を数えれば、2026年9月23日でちょうど150年です。1964年の社名変更の際には「★のマークで88年」という記念ネックラベルが貼られました。その数え方なら、今年は「★のマークで150年」になります。

もうひとつが2026年10月1日の酒税改正です。ビール・発泡酒・新ジャンルの税率が一本化され、ビールは1klあたり181,000円から155,000円へ。1リットルあたり26円の減税で、容器別に計算すると350ml缶で9.10円、中びん500mlで13円、大びん633mlで約16.5円、20L樽で520円の酒税減となります。一方で新ジャンル等は350mlあたり7.26円、チューハイなど「その他の発泡性酒類」は7.00円の増税です。

ここははっきり申し上げます。これは酒税の変動額であって、仕入価格がその通り下がる保証はありません。出荷価格の改定も物流費も卸のマージンも別の話です。取引先の酒販店に、10月以降の仕切価格を4区分すべて書面で確認してください。そのうえで、自店の品目別粗利を全部書き出す。ビールが下がりサワーが上がる逆方向の動きが同時に起きますから、影響は売れ筋構成でまるで違います。他店の話は参考になりません。

サッポロビール自身も「中期経営計画2027-2030」で市場環境を「国内酒類市場は縮小、酒税改正で強みのビールは拡大」と記し、「26年10月の酒税改正、市場のプレミアム化を追い風に、黒ラベル・ヱビスへの投資強化を継続」と明言しています。2026年7月には大阪梅田に「サッポロ生ビール黒ラベル THE BAR OSAKA」も開業しました。ビールを「ちゃんと売る」ことの経済的合理性が、この秋に一段上がる。私はそう見ています。

熱を入れるか、入れないか。それだけの分岐で、酒は別のものになります。日本酒でそれを知っている方なら、赤星と黒ラベルを飲み比べたときに何が起きているかは、もう説明が要らないはずです。あとは、その二本を自分の店の冷蔵庫にどう並べるかという話だけ。この会社が150年で何を守り、何を捨ててきたのかは、サッポロビールの歴史と全銘柄年表|1876年開拓使からヱビス・黒ラベル・赤星までにまとめました。消えていった銘柄まで含めた年表です。

20歳未満の飲酒は法律で禁止されています。飲酒運転は絶対にやめましょう。

古い木のカウンターに並んだ二杯のビール。左は琥珀がかった深い色、右は淡い黄金色で泡が厚い

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