オリオンビールは、日本でいちばん「地酒」らしいビール|日本酒の地酒と、水・食・酒税の話

サケナビでビールを扱うのは、二本目です。沖縄のオリオンビールを選んだ理由はひとつ。この会社が造っているのは、日本でいちばん「地酒」に近いビールだと私は見ているからです。

日本酒でいう地酒は、その土地の水で仕込み、その土地の米を使い、その土地の食べ物の隣で飲まれてきた酒です。気候が造りを決め、郷土料理が味の方向を決め、税制が値付けの幅を決めてきました。水・食・税。この三つに設計を握られているという意味で、日本酒の蔵とオリオンビールはまったく同じ場所に立っています。

しかも急ぎます。2026年10月1日に、沖縄の酒類に長く適用されてきた酒税の軽減措置が、ビールについて完全に終わります。あと1か月あまり。税が酒の値段と設計を決めてきたという話は、酒税法の区分に振り回されてきた日本酒の読者にこそ効くはずです。

目次

1959年5月17日、沖縄全島に一斉に並んだ

オリオンビールが世に出たのは1959年5月17日、沖縄全島一斉の発売でした。公式サイトは「季節は若夏……名護工場から那覇へ華やかに出荷されました」と記します。

ただし、この日は会社の始まりではありません。前身の沖縄ビール株式会社の設立は1957年5月18日、沖縄がまだアメリカの施政権下にあった時代です。資本金の表記が象徴的で、公式サイトは「資本金5,000万円(軍票B円)」、有価証券報告書は同じものを「資本金42万ドル」と書いています。B円は1958年9月にドルへ、1972年の本土復帰で円へ。創業から15年で、この会社は通貨を二度またいでいます。「創業以来この井戸で」と語る酒蔵とは、前提がまるで違う出発点です。

なぜ、沖縄にビール会社が生まれたのか

創業者は具志堅宗精(ぐしけん・そうせい)。沖縄県公文書館は、この人物が「沖縄の社会経済復興には第2次産業を興すべきであるという志から、沖縄初となるビール会社を創立」したと記します。当時の沖縄は基地収入などで好景気にあり、ビールや洋酒の輸入も増えていた。需要はあった。ただし、そのビールは全部よそから運ばれてきていた。飲むたびに、稼いだ金が島の外へ出ていく。そこに手を打った人がいました。

名前を、一滴も売る前にお客に決めさせた

「オリオン」という名前は公募で決まりました。1957年11月1日に新聞へ懸賞広告を出し、応募は2,500通あまり、名称は823種類。審査の結果「オリオン」が1位になります。選定理由は、オリオン座が南の星で沖縄に合うこと、星が夢やあこがれを象徴すること、そして当時沖縄を統治していた米軍の最高司令官の象徴が「スリースター」であったこと。あの三ツ星は、星座と階級章の二重の意味を持っています。

まだ一滴も売っていない商品の名前を、これから買う人たちに決めさせた。2,500通の応募は、そのまま2,500人の当事者意識になります。

「島ぐゎー」と呼ばれた最初の数年

船出は順風満帆ではありません。公式サイトには「『島ぐわー』のイメージを払拭するための打開策として桜坂を中心に店を一軒ずつ回るローラー作戦が行われ」たとあります。輸入品のほうが上等だという空気のなかで、地元産のビールは格下に見られた。覆したのは広告ではなく、歓楽街を一軒ずつ回る営業でした。地酒が地元の居酒屋の棚で認められるところから始まるのと、順序は同じです。

造りを技術で説明する

ここからは味の設計の話です。土地が造りをどこまで縛るのかを見ます。

なぜ名護だったのか — これは、水の話です

工場の建設地は、那覇でも人口集積地でもなく、本島北部の名護に決まりました。那覇から車でおよそ1時間半、物流だけを考えれば不利な場所です。それでも北へ行った理由は単純明快でした。ビールは原料の9割以上が水だからです。公式サイトは名護工場を「山紫水明の地」と表現し、製造工程では「やんばるの良質な水」を使うと明記しています。やんばるは、いま世界自然遺産に登録されている森です。

灘の宮水、伏見の伏流水。蔵が井戸を離れられないのは、水を運ぶより人が水のところへ行くほうが確実だからでした。オリオンは1958年に、ビールで同じ判断をしています。敷地229,467平方メートルの名護工場ひとつで県全域をまかなう体制を、同社は「一県一工場」と呼びます。

「スッキリ」は結果ではなく、狙って作られている

主力「オリオン ザ・ドラフト」の味づくりを、公式ページはこう説明します。「沖縄県産大麦を使用し、世界遺産やんばるの水で仕込む……ビールにとって余分な雑味の元となる成分をより多く取り除くろ過製法で、スッキリさに磨きをかけています」。

注目すべきは後半です。足すのではなく、引く。気温が高いと、人は喉の渇きを癒やすために飲みます。1杯目を一気に飲み干し、2杯目、3杯目といきたい。このとき口に残る苦味や渋味、モルトの重さは邪魔になる。オリオンを「軽い」と感じるとすれば、それは物足りないのではなく、暑さの中で、脂の乗った沖縄料理と一緒に飲むために設計されているからです。ラフテー、ソーキ、テビチ。油と旨味の強い料理に濃いビールを合わせると、口が重くなります。

この「引く」は、日本酒の精米とまっすぐ重なります。目指すところは「余計なものを残さない」の一点で、手段が精米機かフィルターかの違いにすぎません。

沖縄のものを、どこまで入れられるか

地酒を名乗るなら、原料の出どころが問われます。

  •  やんばるの水
  • 麦芽 ヨーロッパ、オーストラリア、カナダなどから厳選。表示は「麦芽(外国製造)」
  • 大麦 沖縄県産大麦を一部使用。2021年7月には完全循環栽培の伊江島産大麦を使った限定品も
  • ホップ 主にチェコ、ドイツ産。加えて琉球大学との共同研究で2022年8月に栽培・収穫に成功した県産ホップを一部のクラフトに
  • 酵母 「オリオン ザ・プレミアム」には、沖縄に自生する花や草木から3年かけて集めた3,000サンプルから選んだシロツメクサ由来の「OB-001

麦芽は輸入、水と大麦と酵母とホップの一部は沖縄。「沖縄でしか造れないビール」を、現実的な範囲で組み立てている構成です。とくに酵母を自前で持つ意味は、蔵付き酵母を思えばすぐ分かるはずです。

日本酒の「地酒」と、オリオンの「地酒」は何が違うのか

二つを、同じ物差しに並べてみます。

  日本酒の地酒 オリオンビール
蔵のある土地の井戸水・伏流水。水質が酒質を決める やんばるの水。水を求めて、県庁所在地から遠い名護に工場を建てた
主原料の産地 その土地または近県の米が中心 麦芽は輸入。大麦・酵母・ホップの一部が沖縄県産
合わせる食 その土地の郷土料理。土地の味付けに寄せて設計 油と旨味の強い沖縄料理。暑さの中で飲み進める前提
造りの向き 精米で雑味の元を削る ろ過で雑味の元をより多く取り除く
税制との関係 かつての級別制度など、税の区分が造りと値付けを動かしてきた 本土復帰から50年続いた軽減措置。2026年10月1日に廃止

違いより同じところが目につきます。どちらも水で立地を決め、土地の食べ物に合わせて味の方向を決め、税に設計を握られている。「地酒」を原料の産地だけの話にすると、この構造が見えなくなります。地酒とは、その土地の条件を全部引き受けた酒のことだと、私は思っています。

先にいた酒 — 泡盛と、どう並んだのか

忘れてはいけないのは、沖縄にはビールより先に泡盛という土地の酒があったことです。内閣府の資料によれば、沖縄県産酒類の酒税軽減措置の適用対象事業者は48者(泡盛46者、ビール・その他2者)でした(2023年8月時点)。制度の名は「沖縄県産酒類」でも、顔ぶれは圧倒的に泡盛だったのです。

興味深いのは、先住者と競うのではなく組む道を選んだことです。2007年8月に泡盛メーカーの株式会社石川酒造場を子会社化し、2022年9月に完全子会社化しました。この土地の酒を全部やる、という格好です。

その後どうなったか — 県内シェア83.8%、飲食店5,800店

有価証券報告書にこうあります。「沖縄県内でのビールの販売シェアはアサヒビール株式会社のライセンス商品の販売も含めると、83.8%と高水準となっています」。ライセンス製造品や仕入商品も含む数字ですから、「オリオンブランドの占有率」ではない点は正確に受け取ってください。県内流通の8割超を1社が握る県は、他にありません。

もう一つ。「沖縄県内に所在する飲食店約7,400店のうち当社は5,800店にビールサーバーを設置」。約78%。沖縄で居酒屋の扉を開けたら、カウンターの向こうにオリオンのサーバーがある確率が8割近い。

資本の話も正確に。オリオンビールは「アサヒビールの子会社」ではありません。2025年9月25日に東京証券取引所プライム市場へ上場した独立の上場会社(証券コード409A)で、連結子会社でも持分法適用会社でもない。2026年3月31日現在の持株比率はアサヒビール9.76%、近鉄グループホールディングス9.74%です。

アサヒとの関係は、2002年4月の包括的業務提携です。沖縄県と奄美群島を除く日本ではアサヒが「アサヒオリオン ザ・ドラフト」等を販売し、沖縄県内ではオリオンが「アサヒスーパードライ」等の製造販売ライセンスの供与を受ける(名護工場での生産は2003年5月から)。資本の上下ではなく、販路と製造能力の交換です。近鉄グループとは2024年6月10日に資本業務提携を結んでいます。

飲食店での出し方 — 温度・泡・鮮度

ここは私の本業です。オリオンは「樽生最優秀認証制度」を運営しています。5原則を守る県内の店を認定する制度で、この5原則はオリオンを扱っていない店でもそのまま使えます。

温度は「決める」より「測る」

5原則は樽を「冷暗所で保管し、低温で使用する。振動は厳禁」とし、ガス圧については「ビールの温度に合わせて炭酸ガス圧を調整する」「チェックカードでビール温度を測定する」と書いています。「何度にしろ」ではなく「測って、それに合わせろ」と言っている。日本酒の燗も同じ。決め打ちするより、温度を測る習慣があるかで店の質は決まります。温度計は、いちばん安い設備投資です。

泡のリングが残っているか

残りの原則は、配管の洗浄(毎日の水通し洗浄と週1回以上のスポンジ通し洗浄)、ジョッキの分別洗浄、そして注ぎ方。泡とビールのベストバランスは20〜30対80〜70と明記されています。

いちばん使えるのは、公式サイトが挙げる「うまい!の輪」です。飲み進めるとジョッキに残る泡のリングのことで、きれいなジョッキでなければできない、と。今夜、お客さまが半分飲んだジョッキを見てください。リングが残っていなければ、洗い方かグラスの管理に問題があります。

鮮度と、祝いラベル

「一県一工場」には鮮度という含意があります。本土から船で運ぶより、名護で造ったほうが新しい。これがスーパードライを名護でライセンス生産する合理性そのものです。「鮮度実感パック」という限定品まで出しています。生酒を扱う感覚に近いと思います。

ザ・ドラフトの定番には中瓶500mlの「祝いラベル」があります。沖縄では祝いの席でビールを配る。その専用ラベルが定番に入っている。商品が地域の風習と一体になっている証拠です。慶事の宴席で一本替えるだけで空気が変わり、原価はほぼ同じです。

そして2026年10月1日、50年続いた税の特例が終わる

1972年5月15日、沖縄が日本に復帰しました。国税庁の租税史料「沖縄復帰と酒税」によれば、復帰前の沖縄では観光客と米軍関係者の消費を促すために酒税が本土より低く設定されていた。そこへ「いきなり本土の酒税法をそのまま適用することは……小売店や飲食店などの経営を圧迫」しかねないとして、復帰後5年間の軽減措置が取られます。軽減率は初年度60%から50%、40%、30%、20%と下がる設計。5年で自立させるための、期限付きの階段でした。

ところが同じ資料はこう続けます。「軽減措置は……軽減期限が迫るたびに延長されましたが、令和4(2022)年に復帰から50年が経つのを機に……ビールは5年後、泡盛は10年後に、段階的に廃止されることが決まりました」。5年間の経過措置が、期限のたびに延長されて50年続いたのです。

対象には、面白い条件がありました。「復帰前から酒類を製造していた製造場」であること。新設の醸造所には適用されません。1958年に竣工した名護工場だからこそ、対象だったのです。創業の早さが、そのまま半世紀の税制上の立場になっていた。免許の来歴が今日の商売を決める、という話です。

ビールの軽減率は、2023年9月30日までが20%、そこから2026年9月30日までが15%、そして2026年10月1日に廃止。泡盛は2032年5月15日に廃止ですから、子会社の石川酒造場にはまだ時計が動いています。

同じ日に、全国の酒税も一本化される

ややこしいのは、この日に沖縄の軽減措置の廃止と、全国のビール系飲料の税率一本化が同時に起こる点です。国税庁の手引きから350ミリリットル換算の税額を並べます。

  • ビール 63.35円 → 54.25円(9.1円の減税)
  • いわゆる新ジャンル由来の発泡酒② 46.99円 → 54.25円(7.26円の増税)
  • チューハイ等 28.00円 → 35.00円(7.00円の増税)

「味も見た目も似ているのに税負担がまるで違う」状態を解消する10年がかりの改革のゴールに、沖縄の50年がかりの経過措置の終わりが重なる。オリオンは2026年6月11日、10月1日付でビール類とRTDの生産者価格を改定すると発表しました。地元紙の報道では、ビールは値下げ、発泡酒・新ジャンル・RTDは値上げで、対象は約50品目。琉球新報によれば、コスト上昇分は自社で吸収し、価格に反映させない方針だとされています。

飲食店の方へ。9月中に、これだけはやってください

  • 卸から新しい価格表を取り寄せる。「ビールは下がる」で安心しないこと。主力がハイボールやサワーなら原価は上がります
  • 原価を品目単位で引き直す。生ビール、瓶、発泡酒・新ジャンル、缶チューハイ、サワー。動きが逆方向です
  • 「据え置き」で逃げない。ビールの下がり分でサワーの上がり分を吸収する判断はあり得ますが、意識してやるのと放置は別物です
  • 品目表記を点検する。「サザンスター」は本来「発泡酒②」ですが、承認を受けて「リキュール(発泡性)②」と表示された商品が流通中。承認期間は2026年9月30日まで
  • 在庫を決める。値下がりする品目は10月以降に、値上がりする品目は9月中に

オリオン自身も、この日に備えて体を作り替えました。軽減措置が及ばない県外・海外の売上構成比は、2020年3月期の約12%から2025年3月期には約23%へ。5年で、守られない売上の割合をほぼ倍にしています。そして2025年8月21日公表の中長期経営方針には「業務用商品の単価向上」の一行がある。樽生の値段を上げにいく、という宣言です。痛くはありますが、「もっといい一杯を出せば、もっと高く売れる」という提案でもある。樽生5原則と、この戦略は一本の線でつながっています。

地酒とは、土地の条件を全部引き受けた酒のこと

軍票の島で「島ぐゎー」と見下された会社が、東証プライムへ上場しました。水を求めて名護へ行き、暑さと油に合わせて味を引き算し、土地の大麦と酵母を探し、税の特例が終わる日に備えてきた。気候と、食べ物と、税制が、酒の設計をどこまで決めるのか。その答えが、あの三ツ星の缶には全部入っています。

次に「とりあえずオリオン」と言うとき、その一杯がやんばるの水でできていることを思い出していただけたら。1957年からの歩みと銘柄を年表で追いたい方は、オリオンビールの歴史と全銘柄年表|1957年沖縄の創業から東証プライム上場までをあわせてどうぞ。

20歳未満の飲酒は法律で禁止されています。飲酒運転は絶対にやめましょう。

霜のついたジョッキに注がれたよく冷えたビール。屋根の陰の向こうに沖縄の強い日差しと緑

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