キリン一番搾りの「一番搾り麦汁」と、日本酒の「あらばしり・中取り・責め」は何が違うのか

サケナビでは以前、アサヒスーパードライの「辛口」を日本酒の淡麗辛口と並べて読みました。今回取り上げるのは、キリンビールの「一番搾り」です。選んだ理由はひとつしかありません。この一本の造り方が、日本酒の搾り分けとまったく同じ発想でできているからです。

日本酒を飲んでこられた方なら、あらばしり、中取り(中汲み)、責めという言葉をご存じのはずです。もろみを搾ると、圧をかけずに最初に流れ出てくる部分、そのあと落ち着いて出てくる部分、最後に圧をかけて絞り出す部分で、味がはっきり変わる。だから中取りだけを瓶に詰めた酒は、同じ蔵の同じもろみから生まれていながら、別格の値がつきます。「全部を使わない」ことが、そのまま値打ちになる世界です。

キリンが1990年にやったのは、これをビールでやることでした。しかも少量の限定品ではなく、全国の棚と飲食店のサーバーに置く定番商品で。この記事では、一番搾りという商品名が何を宣言しているのかを日本酒の搾り分けと突き合わせ、最後は飲食店での出し方まで持っていきます。

目次

1990年3月、オフホワイトの缶が店頭に並んだ

キリン一番搾り生ビールが世に出たのは1990年(平成2年)3月です。発売日を3月22日とする資料もありますが、キリン自身の記述は「1990年3月」まで。ここでも月までにとどめておきます。

発売時のパッケージは、落ち着きと存在感、高級感のあるオフホワイトを基調としたものでした。当時のビール缶は金や銀、あるいは赤や青といった強い色が主流でしたから、白は相当に静かな選択です。

そして、この静かさこそがこの商品の設計思想そのものでした。開発チームが目指したのは、インパクトのある特色ありきのビールではなく、「キリンのイメージをしっかり持った最上の味の生ビール」だと説明されています。尖らせない、と最初に決めた商品なのです。

なぜ生まれたのか — 追いかけるのをやめて、自分の土俵に戻った

この判断の重さは、その前の十年を知らないと分かりません。

キリンビールというブランドが誕生したのは1888年(明治21年)5月、横浜の外国人居留地にあったジャパン・ブルワリー・カンパニーが出した本格ドイツ風ラガーが始まりです。会社としての麒麟麦酒株式会社の創立は1907年(明治40年)2月23日1954年(昭和29年)には年間の庫出量でトップに立ち、1976年(昭和51年)には国内シェアが63.8パーセントに達したと伝えられています(この数字は二次情報で語られているもので、公的統計での裏づけまでは取っていません)。市場の三分の二を一社が押さえていた時代です。

その圧倒的な一位が、1980年代に揺らぎます。1980年のキリンライトビールは市場に受け入れられませんでした。1987年にアサヒスーパードライが出て、味を語る物差しそのものが書き換わる。キリンは1988年にキリン生ビールドライとキリンファインモルトを出して追随しますが、いずれも短命に終わっています(ドライ〈生〉1988〜1989年、ファインモルト〈生〉1988〜1991年、ファインドラフト1989〜1990年)。同じ1988年、それまで「キリンビール」だった主力商品の名が「キリンラガービール」へと改められています。

普通なら、ここで「もっと尖った特徴を」と考えます。ところが1990年のキリンは逆に振った。追いかけるのをやめて、自分の土俵に戻ったわけです。そのうえで置いた味の設計が、次の三つでした。

  • 上品なコクがある
  • のどごしが爽快である
  • 後口がさっぱりしている

この三つを同時に満たす手段として選ばれたのが、一番搾りの麦汁だけでつくるという製法です。

一番搾り麦汁とは、何を捨てることなのか

ここがこの記事の心臓です。少し丁寧に、工程から追います。

麦汁ろ過という工程で、何が起きているか

ビールの製造には「麦汁ろ過」という段階があります。砕いた麦芽をお湯と混ぜて糖化させたもろみを、ろ過槽に移す。すると麦芽の粒子が自然に層をつくり、その層がフィルターの役目を果たして、澄んだ甘い液体が下から流れ出てきます。原料の自重だけで、最初に自然に流れ出るこの麦汁が「一番搾り麦汁」です。

ここで日本酒好きの方は、もう気づかれたと思います。槽(ふね)に酒袋を積んで、まだ重しをかけないうちから流れ出てくる、あの液体と同じ位置にあるものです。

ただし、これだけでは麦芽の糖分を回収しきれません。そこで通常は、残った麦芽層の上からお湯をかけて残りの糖分を洗い出します。こうして得られるのが「二番搾り麦汁」。一般的なビールは、この一番と二番をブレンドして仕込みます。そのほうが同じ原料から多く取れる。当たり前の判断です。

二番搾りを使わない、という引き算

キリン一番搾りは、この二番搾り麦汁を使いません。一番搾りの麦汁だけでビールを造ります。

飲食店の原価計算をされている方なら、これが何を意味するかすぐ分かるはずです。同じ量の麦芽から取れるビールの量が減る。つまり一リットルあたりの原料コストが上がる。それでもやるのは、味のためです。

タンニンという、日本酒とビールの共通語

キリンの説明によれば、一番搾りの麦汁はタンニン成分が少なく、ビールに上品でさっぱりした味わいを与えるとされています。タンニンはワインの渋みで知られる成分で、麦芽の殻などに含まれる。お湯で洗い出す二番搾りでは、どうしてもこれが多く出ます。適量なら厚みになりますが、多すぎると渋みや雑味になる。

日本酒でも、責めの部分に渋みや苦みが出やすいのは同じ理屈です。強く搾るほど、液体そのものではなく、それを包んでいた固形分の味が混ざってくる。酒袋の外側から出てくるものと、麦芽の殻から出てくるもの。原料は違っても、起きていることは変わりません。

つまり一番搾り製法とは、取れる量を犠牲にして、雑味の少ない部分だけを使う引き算の設計です。何かを足して個性を作ったのではなく、何かを捨てて個性を作った。そして製法をそのまま商品名にした。「一番搾り」という日本語は、それだけで「最初の、いちばん良いところ」を意味します。誇張でも比喩でもなく、やっていることと名前が一致している。ネーミングの最高到達点のひとつだと思います。

日本酒の「あらばしり・中取り・責め」と、ビールの「一番搾り・二番搾り」は何が違うのか

分け方の発想は、驚くほど同じです。違うのは、分けたあとの扱いのほうにあります。

分ける理由は、どちらも同じ

日本酒でもビールでも、先に出てくるものほど澄んでいて、後に出てくるものほど固形分由来の渋みを連れてくる。だから搾りの順番で分ける。この一点は完全に共通しています。

違うのは後半の取り方です。日本酒の責めは圧をかけて絞り出し、ビールの二番搾りはお湯をかけて洗い出す。押し出すか、流し出すか。原料の違いからくる差です。

整理すると、こうなります

  日本酒の搾り分け ビールの一番搾り/二番搾り
何を分けているか もろみを搾って出てくる酒を、流れ出る順で分ける 糖化したもろみをろ過して出てくる麦汁を、流れ出る順で分ける
圧をかけずに出る部分 あらばしり、続いて中取り(中汲み) 一番搾り麦汁(原料の自重だけで流れ出る)
最後に取る部分 責め(圧をかけて絞り出す) 二番搾り麦汁(麦芽層にお湯をかけて洗い出す)
後半に出てくる味 渋み・苦みが出やすい。厚みにもなる タンニンが多くなる。雑味の元にもなる
全部使わないと何が起きるか 一本あたりの原価が上がる 同じ麦芽から取れる量が減り、原料コストが上がる
商品での表れ方 「中取り」「中汲み」と書いた別格の一本 「一番搾り」という商品名そのもの

決定的に違うのは、規模のほうです

日本酒で中取りだけを瓶詰めするのは、たいてい特別な一本です。数量が限られ、値段も上がる。蔵の全量をそうするわけにはいきません。

ところがキリンは、その贅沢を定番商品の仕様として固定した。毎日、全国の工場で、一番搾り麦汁だけを使い続ける。しかも1990年から現在まで36年です。日本酒の感覚で言えば、蔵の定番酒を全量中取りで出し続けているようなもので、私はここに、この会社のいちばんの凄みがあると見ています。

そしてキリンは、この引き算をもう一段重ねます。2009年3月、一番搾りは麦芽100パーセントのオールモルト生ビールへ全面改良されました。米やコーンスターチといった副原料を一切使わないという意味です。同時にアルコール度数は5.5パーセントから5パーセントへ下げられ、缶には「しずくマーク」と「麦芽100%」の表記が加わりました。搾りで捨て、原料でも捨てた。精米を進めて雑味の元を削る酒造りと、向かっている方向は同じです。

その後どうなったか — そして1996年、看板に手を入れた代償

一番搾りのその後を、事実だけ並べます。

  • 2004年3月 発売以来はじめてのビール風味の仕様変更
  • 2009年3月 麦芽100パーセントへの全面改良(度数5.5%→5%)
  • 2010年 日本のビールブランドとして初めてドイツで製造される
  • 2013年12月・2017年7月 リニューアル
  • 2016〜2017年 「47都道府県の一番搾り」。各地の醸造家が47通りの味を設計した企画で、これらは熱処理ビールとして造られた
  • 2020年10月6日 一番搾り 糖質ゼロ発売。約5年の開発期間をかけたと報じられている
  • 2025年4月15日 一番搾り ホワイトビール発売

一方で、同じ会社が同じ時期に大きな痛手も負っています。1996年1月、キリンは主力のラガーを熱処理から生(非熱処理)へ変えると発表し、同年2月に実施しました。市場が生に動いていたのだから、合理的な判断に見えます。ところが長年ラガーを飲んできた人たちが怒った。「俺のラガーに何してくれた」という声が伝えられています。そして同年6月、ラガーはスーパードライに逆転を許しました(この経緯は二次情報で伝えられている範囲の話です)。

私はこう理解しています。キリンは味を良くしたつもりだったが、顧客が買っていたのは味だけではなかった。ラガーを飲むという行為には「昔から変わらないものを飲む」という意味が含まれていて、その意味のほうを壊してしまった。飲食店でも同じことが起きます。長く通ってくださる常連さんが愛しているのは、味そのものではなく「変わらないこと」だったりするのです。

キリンが出した答えが2001年の「キリンクラシックラガー」でした。生化したラガーはそのまま残し、熱処理製法のものを別ブランドとして立てる。元に戻すのではなく、両方を用意した。看板商品を変えるなら旧版を残す道を最初から設計しておく――これは私が飲食店の経営者に必ず伝えていることでもあります。

飲食店での出し方 — 説明のいらない一杯を、どう使うか

ここは私の本業です。一番搾りは、飲食店にとって非常に扱いやすい銘柄です。

一杯目は説明がいらない。効かせるのは二杯目

メニューに「一番搾り」と書いてあるだけで、お客さまは味を想像できます。説明コストがゼロというのは、忙しい店にとって大きな武器です。ただし、だからこそ一杯目で語ることはありません。この銘柄の物語が効くのは二杯目です。「これ、二番搾りの麦汁を使っていないんですよ」の一言を、注ぎながら添えられるスタッフがいるかどうか。日本酒の中取りの話とつなげられれば、なお強い。

ブランドの中に、黒生、プレミアム、糖質ゼロ、ホワイトビールと選択肢が用意されているのも実務的にありがたいところです。「一番搾りの黒、ありますよ」が言えるだけで、単価が変わります。飲めない方には、一番搾り製法を使ったノンアルコールの零ICHI(2017年4月11日発売、アルコール分0.00%、人工甘味料・苦味料不使用)という手もある。銘柄名と価格を、他のドリンクと同じ扱いでメニューに載せてください。

「生」の意味を、店側が正しく言えるか

日本で「生ビール」と呼ぶのは、加熱による殺菌をしていないもののことです。樽か缶かの違いではありません。缶でも非熱処理なら生ですし、樽詰めでも熱処理していれば生ではない。「うちは樽だから生」という説明は誤りです。業界の公正競争規約でも、熱処理をしていないものにのみ「生ビール」「ドラフトビール」と表示できると定められています。

日本酒の「生酒」「生詰」「生貯蔵」と、まったく同じ構造の話です。日本酒でその区別を語れる店が、ビールでできていないのはもったいない。私がお勧めしているのは、キリンラガー(非熱処理)とクラシックラガー(熱処理)を並べてスタッフで飲み比べること。同じ会社の、同じ「ラガー」という名の商品で、火入れの有無だけを比べられます。これほど分かりやすい教材はありません。

鮮度は、造り手から渡されたバトン

一番搾りのパッケージ変遷を見ると、1996年と1998年に続けて「鮮度感」という言葉が出てきます。造り手が鮮度を最大の価値として掲げている商品を、樽の回転を落とし、洗浄を怠り、霜の張ったグラスで出してしまっては元も子もありません。ここは生酒を預かる感覚とまったく同じです。造り手がどれだけ設計に凝っても、最後の数日を握っているのは店のほうです。

樽の回転が読めないなら、小さく持つ

樽生は従来19リットルや20リットルが基本で、回転しない銘柄は確実に品質が落ちる。だから多くの店が一種類か二種類に絞らざるを得ませんでした。ここへのキリンの答えがTap Marché(タップ・マルシェ)です。2017年1月に発表され、同年4月をめどに一都三県から展開が始まりました。注ぎ口を4つ持つ小型サーバーで、3リットルの小型ペットボトルに対応します。3リットルなら回る。日本酒の四合瓶で品揃えを増やすのと、考え方はまったく同じです。

もうひとつ。全国9つのビール工場で行われている「キリン一番搾り おいしさ実感ツアー」では、一番搾り麦汁と二番搾り麦汁を飲み比べられます。この記事で説明してきたことを、舌で確認できる。社員研修の行き先として本気でお勧めしています。実際に飲んだ人の言葉は、説得力がまるで違います。

そして2026年、いま

2026年10月、ビール・発泡酒・新ジャンルの酒税が350ミリリットルあたり54.25円に一本化されます。国税庁の説明は、類似する酒類間の税率格差が商品開発や販売数量に影響を与えている状況を改める、というもの。税金の都合で商品が作られる時代を終わらせるという宣言です。

価格で選ばれてきた商品は、価格という理由を失います。残るのは味と、ブランドと、物語です。これはキリンにとって悪い話ではありません。1888年から続くラガー、1990年からの一番搾り。語れるものを、これほど持つ会社はそう多くありません。

2025年12月期のキリンホールディングス決算(2026年2月13日開示)では、ビールカテゴリーで「一番搾り」ブランドが堅調に推移し、4月発売のホワイトビールと糖質ゼロを加えた三つの異なる個性をもった商品群で店頭での存在感を高めることに取り組んだ、と説明されています。糖質ゼロは2025年に製造工程を見直し、デコクション(煮沸をともなう糖化法)で厚みを出す方向へリニューアルしたと報じられています。

ひとつのブランドを、三つの個性に分ける。日本酒で言えば、同じ蔵の同じ看板から純米、生酛、無濾過生原酒を立てるのに近い考え方です。骨格は動かさず、切り口を増やす。ラベルの麒麟を130年以上変えずに来たこの会社らしい、と私は思います。

次に一番搾りを一杯注文したら、日本酒の中取りを思い出してみてください。搾りの順番で味が変わるという、蔵人が何百年も前から知っていたことを、ビール会社が別の原料で証明している。同じ真理に、違う道から辿り着いているのです。この会社が1888年からどう歩いてこの一本に辿り着いたのかを追いたい方は、キリンビールの歴史と全銘柄年表|麒麟のラベルから一番搾りまでをあわせてどうぞ。100を超える銘柄の年表と、消えていったビールの記録まで置いてあります。

20歳未満の飲酒は法律で禁止されています。飲酒運転は絶対にやめましょう。

明るい木のカウンターに置かれた、細身のグラスに注がれた黄金色のビールときめ細かい泡

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